生活費を一日で使ひ果し、使ひきれないとわざ/\人に呉れてやり、それが私の二十九日の貧乏に対する一日の復讐だつた。
 細く長く生きることは性来私のにくむところで、私は浪費のあげくに三日間ぐらゐ水を飲んで暮さねばならなかつたり下宿や食堂の借金の催促で夜逃げに及ばねばならなかつたり落武者の生涯は正史にのこる由もなく、惨又惨、当人に多少の心得があると、笑ひださずにゐられなくなる。なぜなら、細々と毎日欠かさず食ふよりは、一日で使ひ果して水を飲み夜逃げに及ぶ生活の方を私は確信をもつて支持してゐた。私は市井の屑のやうな飲んだくれだが後悔だけはしなかつた。
 私が鍋釜食器類を持たないのは夜逃げの便利のためではない。こればかりは私の生来の悲願であつて――どうも、いけない、私は生れついてのオッチョコチョイで、何かといふとむやみに大袈裟なことを言ひたがるので、もつともかうして自分をあやしながら私は生きつゞけてきたのだ。これは私の子守唄であつた。ともかく私はたゞ食つて生きてゐるだけではない、といふ自分に対する言訳のために、茶碗ひとつ、箸一本を身辺に置くことを許さなかつた。
 私の原稿はもはや殆ど金にならなかつ
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