どは考へることがなくなつたが、年齢と仕事の空虚を考へてそのころは血を吐くやうな悲しさがあつた。私はいつたいどこへ行くのだらう。この汽車の旅行は女が私を連れて行くが、私の魂の行く先は誰が連れて行くのだらうか。私の魂を私自身が握つてゐないことだけが分つた。これが本当の落伍者だ。生計的に落魄し、世間的に不問に附されてゐることは悲劇ではない。自分が自分の魂を握り得ぬこと、これほどの虚しさ馬鹿さ惨めさがある筈はない。女に連れられて行先の分らぬ汽車に乗つてゐる虚しさなどは、末の末、最高のものを持つか、何物も持たないか、なぜその貞節を失つたのか。然し私がこの女を「所有しなくなる」ことによつて、果してまことの貞節を取戻し得るかといふことになると、私はもはや全く自信を失つてゐた。私は何も見当がなかつた。私自身の魂に。そして魂の行く先に。

          ★

 私は「形の堕落」を好まなかつた。それはたゞ薄汚いばかりで、本来つまらぬものであり、魂自体の淪落とつながるものではないと信じてゐたからであつた。
 女の従妹にアキといふ女があつた。結婚して七八年にもなり良人がゐるが、喫茶店などで大学生を探して
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