ある。たとへば昨日の出来事などは君には無関係な出来事だ。あの場合君に許されてゐる特権は僕の留守の部屋へ勝手に上りこんで僕の帰りを待つことができるといふだけだ。君が偶然あの場所を通りかゝつたといふことによつて僕の行為に掣肘《せいちゅう》を加へる何の権力も生れはしない。君と僕とのつながりには、つながつた部分以上に二人の自由を縛りあふ何の特権も有り得ないのだ」
女は極度に強情であつたが、他にさしせまつた目的があるときは、そのために一時を忍ぶ方法を心得てゐた。彼女は否応なしに私を連れだして汽車に乗せてしまひ、その汽車が一時間も走つて麦畑の外に何も見えないやうなところへさしかゝつてから
「自由を束縛してはいけないたつて、女房ですもの、当然だわ」
もはや私は答へなかつた。私が女を所有したことがいけないのだ。然し、それよりも、もつと切ないことがある。それは私が、私自身を何一つ書き残してゐない、といふことだつた。私はそのころラディゲの年齢を考へてほろ苦くなる習慣があつた。ラディゲは二十三で死んでゐる。私の年齢は何といふ無駄な年齢だらうと考へる。今はもう馬鹿みたいに長く生きすぎたからラディゲの年齢な
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