ひだ。行つて呉れ、このヤロー、気取りやがるな、と女は私に喚いた。なんだい、あいつが彼女かい、いけ好かない、行かなきや水をぶつかけてやるよ。そして立ち去る私のすぐ背中にガラス戸をガラガラ締めて、アバヨ、もううちぢや飲ませてやらないよ、とつとゝ消えてなくなれ、と言つた。
 私の女が夜更の道を歩いてきたのには理由があつて、女のもとへ昔の良人がやつてきて、二人は数時間睨み合つてゐたが、女は思ひたつて外へでた。男は追はなかつたさうである。そして私のアパートへ急ぐ途中、偶然、奇妙な場面にぶつかつて、露路にかくれて逐一見とゞけたのであつた。女の心事はいさゝか悲愴なものがあつたが、私のやうなニヒリストにはたゞその通俗が鼻につくばかり、私は蒲団をかぶつて酔ひつぶれ寝てしまふ、女は外套もぬがず、壁にもたれて夜を明し、明け方私をゆり起した。女はひどく怒つてゐた。女は夜が明けたら二人で旅行にでようと言つてゐたのだ。然し、私も怒つてゐた。起き上ると、私は言つた。
「なぜ昨日の出来事のやうなときに君は横から飛びだしてきて僕に帰らうと命令するのだ。君は僕を縛ることはできないのだ。僕の生活には君の関係してゐない部分が
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