い。刑事はいきなり私の腕をつかんだ。
「バカヤロー。貴様がヨタモノでなくてどうする。そのステッキは人殺しの道具ぢやないか」
「これはハイキングのステッキさ。刑事が、それくらゐのことを知らないのかね」
「この助平」
女が憤然立上つた。
「この方はね、私が泊れと言つても泊つたことのない人なんだ。アパートをきいても教へてくれないほどの人なんだ。見損ふな」
そこで刑事は私のことはあきらめたのである。そこで今度は男の腕をつかんだ。男は前にも留置場へ入れられたことがあり、刑事とは顔ナジミであつた。
「貴様、まだ、うろついてゐるな。その腕時計はどこで盗んだ」
「貰つたんですよ」
「いゝから、来い」
男は馴れてゐるから、さからはなかつた。落付いて立上つて、並んで外へでた。そのとき女は椅子を踏み台にしてスタンドの卓をとび降りて跣足《はだし》でとびだした。卓の上の徳利とコップが跳ねかへつて落ちて割れ、女は刑事にむしやぶりついて泣き喚いた。
「この人は私の亭主だい。私の亭主をどうするのさ」
私はこの言葉は気に入つた。然し女は吠えるやうに泣きじやくつてゐるので、スタンドの卓を飛び降りた疾風のやうな鋭さ
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