こへ新米の刑事が来た。新米と云つても年齢は四十近い鼻ヒゲをたてた男だ。酒をのんで露骨に女を口説きはじめたが、以前にも泊りこんだことがあるのは口説き方の様子で察しることが容易であつた。女は応じない。応じないばかりでなく、あらはに刑事をさげすんで、商売の弱味で仕方なしに身体をまかせてやるのに有難いとも思はずに、うぬぼれるな、女は酔つてゐたので婉曲に言つてゐても、露骨であつた。刑事は、その夜の泊り客は私であり、そのために、女が応じないのだと考へた。
 私はそのときハイキング用の尖端にとがつた鉄のついたステッキを持つてゐた。私はステッキを放したことのない習慣で、そのかみはシンガポールで友達が十|弗《ドル》で買つたといふ高級品をついてゐたが、酔つ払つて円タクの中へ置き忘れ、つまらぬ下級品をつくよりはとハイキング用のステッキを買つてふりまはしてゐた。私の失つた藤のステッキは先がはづれて神田の店で修繕をたのんだとき、これだけの品は日本に何本もない物ですと主人が小僧女店員まで呼び集めて讃嘆して見せたほどの品物であつた。一度これだけのステッキを持つと、まがひ物の中等品は持てないのだ。
 貴様、ちよつと来
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