て行く快感をふと選びそしてそれに身をまかせた。私はこの日の一切の行為のうちで、この瞬間の私が一番作為的であり、卑劣であつたと思つてゐる。なぜなら、私の選んだことは、私の意志であるよりも、ひとつの通俗の型であつた。私はそれに身をまかせた。そして何か快感の中にゐるやうな亢奮を感じた。
私は卓の下のくゞりをあけて犬のやうに這入らうとした。女は立上つて戸を押へようとしたが、私の行動が早かつたので、私はなんなく内側へ這入つた。けれども女を押へようとするうちに、女はもうすりぬけて、あべこべに外側へくゞり出てゐた。両方の位置が変つて向き直つた時には私はさすがにてれかくしに苦笑せずにゐられなかつた。
「泊りに行かうよ」
と私は笑ひながらも、しつこく言ひつゞけた。
「商売の女のところへ行きな」
と女の笑顔は益々太々しかつた。
「昼ひなか、だらしがないね。私はしつこいことはキライさ」
と女は吐きだすやうに言つた。
私の頭には「商売の女のところへ」といふ言葉が強くからみついてゐた。この不潔な女すら羞しめうる階級が存在するといふことは私の大いなる意外であつた。私はアキを思ひだした。その思ひつきは私を有頂天にした。アキなら否む筈はない。特別の事情のない限り否む筈は有り得ない。この侏儒と人間の合の子のやうな畸型な不潔な女にすら羞しめられる女がアキであるといふことをこの畸型の女も知る筈はなく、もとよりアキも、私以外に誰も知らない。この発見のたのしさは私の情慾をかきたてた。私はもう好色だけのかたまりにすぎなかつた。そして畸型の醜女《しこめ》の代りにアキの美貌に思ひついた満足で私の好色はふくらみあがり、私は新たな目的のために期待だけが全部であつた。
私は改めて酒を飲んだ。女は酒をだし渋つたが、私が別人のやうに落付いたので、意味が分らぬ様子であつた。私はビール瓶に酒をつめさせた。それをぶら下げて、でかけた。
アキは気取り屋であつた。金持の有閑マダムであるやうに言ひふらして大学生と遊んでゐたが、凡そ貧乏なサラリーマンの女房で、豪奢な着物は一張羅だつた。その気取りに私は反撥を感じてゐた。気取りに比べて内容の低さを私は蔑んでゐたのである。思ひあがつてゐた。そのくせ常に苛々してゐた。それはたゞ肉慾がみたされない為だけのせゐであり、常に男をさがしてゐる眼、それが魂の全部であつた。
私はアキをよび
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