かわり、彼は札の裏にブラッシュでそれを描き出したのである。一眼では勿論、注意して見てもそれが腐蝕製版でないことが分らないほど見事にやってのけたのである。
さて、これでニセ札は出来上った。いよいよこのニセ札を使って、本物の紙幣、貨幣を手に入れなければならない。そこで彼は月々一回ニュー・ヨークへ商用と称して出掛けるたびに、自信満々のニセ札を、その滞在の二三日間に、本物の札や銀貨とすりかえて帰るというコースをくり返すのだ。そうして、このコースが、十七年間(一八七九―一八九六年)細心と冷静のうちに続けられたのだから、驚く外はない。
いよ/\“能筆ジム”の最後のニセ札使いの旅の日のことを話さなければならない。その彼は、農夫の服装を身につけ、彼の傑作である二十ドル札を五枚と五十ドル札を一枚ポケットにして、ニュー・ヨークに出かけた。二十ドルのニセ札を三枚処分したのちであった。彼は、三番街と十六番通りのコーナーにある食糧品店ジョン・ウェリマンの店に入っていった。彼は壜詰の洋酒が欲しかった。その店の女店員がエプロンで両手をふきつゝ奥の部屋から出て来た。彼は、自分で洋酒の壜詰を手にとって、三番街の遠く
前へ
次へ
全10ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング