閧オようとすれば、その氷のような手で私をゆさぶる。私の精神が逃げだそうとするところにはどこにでも、あらゆる形となって滑りこんでき、人が私に話しかけるどの言葉にも、恐ろしいきまり文句として交わってき、監獄の呪わしい鉄門に私と一緒にしがみつき、目覚めてるあいだじゅう私につきまとい、ぎくりぎくりとした私の眠りをうかがい、そして夢の中にも首切り庖丁の形となって現われてくる。
 私はそれに追っかけられ、はっと目を覚まして考える。「ああ、夢なんだ!」ところが、重い瞼《まぶた》をようやく開きかけて、自分を取り巻いてる恐ろしい現実の中に、監房のしめっぽいじめじめした床石の上に、夜灯の青ざめた光の中に、衣服の布の粗い織り糸の中に、監獄の鉄門ごしに弾薬|盒《ごう》が光ってる警護兵の陰鬱《いんうつ》な顔の上にいたるところに書かれてるその宿命的な考えをよくも見ないうちに、すでに一つの声が私の耳に囁《ささや》くような気がする、「死刑囚!」と。

       二

 八月のうるわしい朝のことだった。
 もう三日前から、私の裁判は始められていた。三日前から、私の名前と私の犯罪とは、毎朝たくさんの傍聴人を呼び寄せて
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