ト自分自身に向かって言わずにすまされよう。確かに材料は豊富である。そしてたとい私の生涯はいかに短かろうと、今から最後の時までそれを満たすはずの、苦悶や恐怖や責め苦のうちにはなお、このペンをすりへらし、このインキ壺を涸《か》らすだけのものがあるだろう。――そのうえ、それらの苦悶を和らげる唯一の方法はそれを観察することであるし、それを描きだすことによって私の気もまぎらさるるだろう。
 それにまた、こうして私が書きつける事柄はおそらく無用にはなるまい。この苦しみの日記、書き続けることが肉体的[#「肉体的」に傍点]にできなくなるまぎわまで継続する力が私にあったら、各時間の、各瞬間の、各苦悩のこの日記、必ず未完成に終わるだろうが、しかし私の情緒のできるだけ完全なこの物語、それが一つの大きな深い示教をもたらさないだろうか。死にのぞんでる思考のこの調書のうちには、常に高まってゆくこの苦悩の増進のうちには、一受刑人のこの一種の精神的解剖のうちには、処刑する人々に対する一つならずの教訓がないだろうか。おそらく彼らがこれを読んだならば、他日、思考する一つの頭を、一個の人間の頭を、正義のはかりとよばるるもの
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