ト機械的にやってはしないか。囚人馬車のなかで死刑執行人と相並んでるその好々爺《こうこうや》を、一個の司祭だと諸君はいうのか。魂をも才能をも十分そなえた一著述家がわれわれより前にこう言っている、懺悔聴聞者を追い払った後もまだ死刑執行者を残しておくのはいまわしいことである[#「懺悔聴聞者を追い払った後もまだ死刑執行者を残しておくのはいまわしいことである」に傍点]。
頭のなかでしか推理しないある傲慢な人々が言うように、これはもとより「感情的な理由」にすぎない。しかしわれわれの見るところでは、このほうがさらに立派な理由である。われわれはたいてい理性上の理由よりも感情上の理由を取りたい。そのうえ両者は常に支持しあうものである。それを忘れてはいけない。『犯罪論』は『法の精神』の上に接木《つぎき》されたものである。モンテスキューはベッカリアを生んだ。
理性はわれわれに味方し、感情はわれわれに味方し、経験もまたわれわれに味方する。死刑が廃止されている模範的な国家では、重罪の数は年ごとに漸減している。よく考えてみるがいい。
けれどもわれわれは、議会があれほど夢中になって唱え出したように、死刑を今た
前へ
次へ
全171ページ中165ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング