ネ両手を一緒に自分の手のなかにはさんで言った、「お前は私をちっとも知らないのかい。」
 彼女はその美しい目で私を眺めて、そして答えた。
「ええそうよ。」
「よく見てごらん。」と私はくりかえした。「なんだって、私が誰だかわからないのかい。」
「ええ。」と彼女は言った。「おじちゃまよ。」
 ああ、世にただひとりの者だけを熱愛し、全心をかたむけてそれを愛し、それが自分の前にいて、むこうでもこちらを見また眺め、話したり答えたりしてるのに、こちらが誰であるか知らないとは! その者からだけ慰安を求めていて、死にかかってるので、その者を必要としてるのに、むこうはそれを知らない世にただひとりの者であろうとは!
「マリー、」と私はまた言った、「お前にはパパがあるの。」
「ええ。」と子供は言った。
「では、今どこにいるの。」
 彼女はびっくりした大きな目をあげた。
「ああおじちゃま知らないの。死んだのよ。」
 それから彼女は声をたてた。私は彼女をあやうく取り落とそうとしたのだった。
「死んだって!」と私は言っていた。「マリー、死んだとはどういうことか知ってるのかい。」
「ええ。」と彼女は答えた。「地の下に
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