B司祭さんあなたは知っていますか。私よりくわしいんですか。聞かしてください、どうか。どういうことですか。――まったく、私は新しい話が好きです。それを裁判長殿に話してきかせるんです。すると、面白がりますよ。」
そして彼はやたらに言葉を費やした。司祭と私のほうへかわるがわるふりむいた。私はただ肩をそびやかすだけで返事をしなかった。
「ねえ、何をいったい考えてるんですか。」と彼は私に言った。
「もう今晩は考えなくなるだろうということを考えています。」と私は答えた。
「ああ、そのことですか。」と彼は答え返した。「どうも、あなたはあまり沈んでいますね。カスタン氏は話をしていましたよ。」
それから、ちょっと口をつぐんだ後彼はまた言った。
「私はパパヴォアーヌ氏をも同道しました。パパヴォアーヌ氏はかわうその皮の帽子をかぶって、葉巻をくゆらしていました。ラ・ロシェルの若い人たちのほうは、仲間同士にしか口をききませんでした。でもとにかく口をきいていましたよ。」
彼はまたちょっと間をおいて、それから言いつづけた。
「あの人たちは狂人ですね、熱狂家ですね。世間じゅうの者をみな軽蔑してるようなふうでしたよ。あなたのほうはどうかっていえば、まったく考えこんでいますね、若いのに。」
「若い!」と私は彼に言った。「あなたよりも年とっています。四半時間ほどたつごとに一年ほど年をとるんですから。」
彼はふりむいて、愚かな驚きのふうでしばらく私を眺めた。それから重々しい冷笑の調子をとった。
「御冗談でしょう、私より年とってるなんて! 私はあなたのおじいさんともいえるほどですがね。」
「私は冗談を言ってるんじゃありません。」とまじめに私は答えた。
彼は嗅ぎたばこ入れを開いた。
「ねえ気を悪くしちゃいけませんよ。まあ一服なすって、私を悪く思わないでください。」
「お気づかいにはおよびません。悪く思おうとしても、もう長いことではないでしょうから。」
その時、彼が私にさし出してるたばこ入れは間をへだてている金網にあたった。それも、馬車の動揺のためにかなり激しくぶつかって、開いたまま憲兵の足の下に落ちた。
「金網のやつめ!」と執達吏は叫んだ。
彼は私のほうへ向いた。
「これはどうも、困りました。たばこをすっかりなくして!」
「あなたよりもっと多くのものを私はなくしています。」とほほえみながら私は答えた。
彼はたばこを拾おうとしながら口のなかでつぶやいた。
「私よりもっと多くのものだって! 言うだけなら容易《やす》いさ。パリまでたばこなしとは、ひどいことだ。」
その時教誨師は彼に少しなぐさめの言葉をかけた。私は他に気を向けてたかもしれないが、とにかくそれは私には、私がはじめ受けてた説教のつづきのように思われた。そして少しずつ、司祭と執達吏とのあいだに会話がはじまっていった。私は彼らのほうを話すままにさしておいて、自分のほうでは考えはじめた。
市門に近づいてゆくと、やはり私は他に気を奪われたにはちがいないが、パリが平素よりもそうぞうしいように思えた。
馬車はちょっと入市税関所の前にとまった。市の税関吏が馬車を検査した。もし羊か牛かを屠殺所に運ぶのだったら、彼らに金袋を一つ投げ出さなければならないだろう。しかし人間の首は当然何も払わなくてよい。私たちは通りすぎた。
大通りを越すと、サン・マルソー大通りやシテ島の古いまがりくねった街路に、馬車はまっしぐらに駆けこんでいった。蟻《あり》の巣の無数の穴のようにうねりうねって互いに交差してる、それらの狭い街路の敷石の上に、馬車はいかにも音高く速やかに進んでいったので、外部の物音はもうすこしも私の耳にはいらなかった。しかし四角な小さなのぞき窓からちらと見ると、通りがかりの人波が立ちどまって馬車を眺めてるように思われるし、子供の群れが馬車の後をつけて走ってくるように思われた。またときどき、四つ辻のあちらこちらで、ぼろをまとった男や老婆が、時とすると二人そろって、印刷した紙の一たばを手に持って、大声で叫んでるらしく口を開き、その紙を通行人が奪い合ってるのが、見てとられるようにも思われた。
パレ・ド・ジュスティスの大時計が八時半を打ってる時に、私たちはコンシエルジュリーの中庭に着いた。その大きな階段、その黒い礼拝堂、その多くの不気味なくぐり戸などを見て私はちぢみあがった。馬車がとまった時には、自分の心臓の鼓動もとまりかかってるような気がした。
私は力をふるいおこした。馬車の扉は電光のような速さで開かれた。私はその移動監房からとびおりた。そして二列の兵士らのあいだを穹窿《きゅうりゅう》の下へ、大股にはいりこんでいった。私の通り路にはすでに人だかりがしていた。
二三
パレ・ド・ジュスティスの公共回廊を
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