セった。
「そうだ、きみ、幸福だ、財産だ。それがすっかりきみのおかげでわしに来ようというのさ。こういうわけだよ。わしは憐れな憲兵だ。役目は重いし、月給は少ないし、馬は自分持ちでやりきれない。そこで、たりない分を手に入れるつもりで富籤《とみくじ》をやってる。何とかひと工夫しなくちゃならないんだからな。ただいい番号さえあてれば、これまでずいぶん儲かったんだがな。いつも確かなのを探してるが、いつもはずれてばかりいる。七十六番にかければ、七十七番が出るってしまつだ。いくらやっても、どうもうまくいかない。――もうすこしだ、じきに話はすむよ。――ところで、わしにいい機会がきた。ねえきみ、こう言っちゃなんだが、きみは今日|逝《い》っちまうんだろう。ところが、そういうふうに死なせられた者は、確かに前から富籤がわかる。だから、明日の晩わしのところへ来てくれないか、何でもないことだろう。そして三つばかり番号を、いいのを知らせてくれないか。ねえ?――わしは幽霊なんぞこわがりはしない。大丈夫だ。――わしの住所はな、ポパンクール兵営A階段二十六号室、廊下の奥だ。わしの顔を覚えててくれるだろうね。――今晩のほうがつごうがいいっていうんなら、今晩来てくれよ。」
私はそのばか者に返事するのもくだらないはずだったが、その時あるおかしな希望が頭にうかんだ。私のように絶望的な地位にあると、人は時として、ひとすじの髪の毛ででも鎖が断ち切れるような気をおこすものである。
「では言うがね、」と私は死にのぞんでる者としてはできるだけの仮面をかぶって言った、「まったくぼくは、きみを王様より金持にならせることができる。何百万となく儲けさせることができる。――がただ一つの条件がある。」
彼は呆然と目をみはった。
「どういう条件だ、どういう条件だ。何でも君の望みしだいだ。」
「番号を三つどころか、四つも知らせてやろう。だから、僕と服を取り換えるんだ。」
「それだけのことなら!」と彼は叫びながら制服のホックをはずしはじめた。
私は椅子から立ちあがっていた。そして彼の動作を見守っていた。胸は動悸していた。もうすでに、憲兵の制服の前にどの扉も開き、それから広場、街路、そしてパレ・ド・ジュスティスの建物は後ろに遠くなってゆくのが、目に見えるようだった。
しかるに、彼は不決断な様子でふりかえった。
「ああ、ここから出るた
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