ナ頭を振って、また高い声で口をきいたり尺度を測ったりしはじめた。
仕事がすむと、彼は私のほうへ近づきながら、その響きの高い声で言った。
「きみ、六か月たつと、この監獄はずっとよくなるですよ。」
そしてその身振りはこう言い添えてるようだった。
「きみがそれを味わえないのは、気の毒だ。」
彼はほとんどほほえんでいた。婚礼の晩に新婦をからかいでもするようなふうに、彼がいまにも私を静かに冷笑しかかってるらしく、私には思えた。
古参の腕章をつけてる老兵である憲兵は、返事をひきうけてくれた。
「あなた、」と彼は言った、「死人の室でそんなに高い声で話すものではありません。」
建築技師は出ていった。
私はそこに、彼が測ってた石の一つのようにじっとしていた。
三二
それから次に、おかしなことがあった。
私についてる善良な老憲兵は取り除かれた。私は恩知らずに得手勝手にも彼に握手をさえしてやらなかった。彼と交替に他の憲兵が来た。額のひしゃげた、目の太い、無能な顔つきの男だった。
それにまた、私はすこしも注意を払っていなかった。扉に背を向け、テーブルの前に座って、手で額を冷やそうとしていた。いろんな考えに頭が乱れていた。
肩を軽くたたかれて、私はふりむいた。それは新たに来た憲兵で、室のなかに私は彼と二人きりだった。
ほぼ次のようなふうに彼は私へ話しかけた。
「おい、きみには親切心があるかね。」
「ない。」と私は言った。
ぶっきらぼうな私の返事に、彼はまごついたらしかった。それでもまた彼はためらいながら言った。
「すき好んで不親切なんて者はあるはずはない。」
「なぜないんだ。」と私は答え返した。「それだけの話だったら、ほっといてくれたまへ。いったい何のつもりでそんなことを言いだすんだ。」
「まあ聞いてくれ。」と彼は答えた。「ほんのちょっとだ。これだけのことだ。もしきみが一人の気の毒な男の幸福をはかってやることができて、それもきみになんの迷惑もおよぼさないことだったら、それでもきみはそれをしてくれないというのかね。」
私は肩をそびやかした。
「きみはシャラントンの精神病院からでも来たのかね。ふしぎなことを楽しみにしたもんだ。わしだったら、他人の幸福をはかってやるんだがな。」
彼は声を低めて、意味ありげな様子をした。それは彼の愚かな顔つきには不似合い
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