g炉《だんろ》のほとりで、書物でも読んでいてなにも予期していないところをつかまえて、こう言ってもらいたい。
「死にのぞんでいる一人の男がいます。あなたにその男を慰めていただきたいのです。その男が手を縛られる時、髪の毛を切られる時、あなたはそこについていてください。その男の馬車に十字架像を持って一緒に乗って、死刑執行人が彼の目につかないようにしてください。グレーヴの刑場まで彼と一緒に揺られていってください。血に飢えてる恐ろしい群集のあいだを彼と一緒に通ってください。死刑台の下で彼を抱擁して、それから彼の頭と体とがはなればなれになるまで、そこに控えていてください。」
 そして、頭から足先まであえぎおののいてるその司祭を、私のところへ連れてきてほしい。その両腕のなかに、その膝の上に、私の身を投げ出させてほしい。彼は涙を流すだろう。私たち二人は涙を流すだろう。彼はよく話してくれるだろう。私は慰められるだろう。私の心は彼の心のなかでやわらぐだろう。彼は私の魂を受け取るだろう、私は彼の神を受け取るだろう。
 しかしあの人のよい老人は、私にとって何であるか。私は彼にとって何であるか。彼にとって、私は不幸な部類に属する一個人であり、彼がすでにたくさん見た影と変りない一つの影であり、刑執行の数に加うべき一個にすぎない。
 私が彼をこういうふうに退けるのは、おそらく間違いであろう。彼のほうは善良で、私のほうは邪悪である。ただ悲しいかな、それは私のせいではない。すべてを害《そこ》ない凋《しぼ》ます死刑囚の息吹きのせいである。
 食物が持ってこられた。彼らは私が食べたがってると思ったのだ。念を入れた軽い食物、若鶏らしいものと他の何か。私は食べようとしてみた。しかし一口ものどには通らなかった。それほど私にはにがにがしい胸悪い味がした。

       三一

 帽子をかぶった相当な人が一人はいってきた。彼は私のほうにはほとんど目もくれず、尺度器を開いて、壁の石を下から上まで測っていきながら、よろしい[#「よろしい」に傍点]とか、いけない[#「いけない」に傍点]とか、高い声で言った。
 私は憲兵にそれが誰であるかたずねた。監獄に雇われてる下級の建築技師らしい。
 彼のほうでも、私に対して好奇心をおこした。一緒について来てる鍵番と低く数語をかわした。それからちょっと私の上に目をすえ、無頓着なふう
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