う一語を見て、「死刑だ!」と叫んだのだった。([#ここから割り注]訳者注 サン・シモン公は社会主義者サン・シモンとは別人[#ここで割り注終わり])
一八三二年六月六日、郊外からきた国民兵の一隊は、上にあげたファンニコ大尉に指揮されて、自ら好んで勝手に、シャンヴルリー街で大損害を受けた。この事実はいかにも不思議に思えるが、一八三二年の反乱後に開かれた法廷の審問によって証明されたものである。ファンニコ大尉は性急無謀な中流市民で、秩序の別働者とも称すべき男で、上に述べたような種類の人々のひとりであり、熱狂的な頑強《がんきょう》な政府党であって、時機がこないのに早くも射撃をしたくてたまらなくなり、自分ひとりですなわち自分の中隊で防寨《ぼうさい》を占領しようという野心に駆られた。赤旗が上げられ、次いで古い上衣が上げられたのを黒旗だと思い、それを見てまた激昂《げっこう》した。将軍や指揮官らは会議を開いて、断然たる襲撃の時機はまだきていないと考え、そのひとりの有名な言葉を引用すれば、「反乱が自ら自分を料理する」まで待とうとした時、彼は声高にそれを非難した。彼から見れば、防寨はもう熟していたし、熟し
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