て髷《まげ》や鬢《びん》をふくらすことをせず、髪の中に座型を入れることはなかったので、髪を結うのもごく簡単だった。それからコゼットは窓をあけ、方々を見回して、街路の一部や家の角《かど》や舗石《しきいし》の片すみなどを見ようとし、マリユスの姿が現われるのを待とうとした。しかし窓からは表は少しも見えなかった。その後庭はかなり高い壁でとり囲まれて、幾つかの表庭が少し見えるきりだった。コゼットはそれらの庭を憎らしく思い、生まれて始めて花を醜いものに思った。四つ辻《つじ》の溝《みぞ》の一端でも今は彼女の望みにいっそう叶《かな》うものだったろう。彼女は気を取り直して、あたかもマリユスが空から来るとでも思ってるように空をながめた。
 すると、たちまち彼女は涙にくれた。変わりやすい気持ちのせいではなくて重苦しいものに希望の糸が切られたからだった。彼女はそういう地位にあった。彼女は何とも知れぬ恐怖を漠然《ばくぜん》と感じた。実際種々のことが空中に漂っていた。何事も確かなことはわからぬと思い、互いに会えないことは互いに失うことだと思った。そしてマリユスが空から戻って来るかも知れないという考えは、もはや喜ば
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