た。
 読者は記憶しているだろうが、一同がシャンヴルリー街にやってきた時、ひとりの婆さんは弾の来るのを予想して、蒲団《ふとん》を窓の前につるしておいた。それは屋根裏の窓で、防寨《ぼうさい》の少し外にある七階建ての人家の屋根上になっていた。蒲団は斜めに置かれ、下部は二本の物干し竿《ざお》に掛け、上部は二本の綱でつるしてあった。綱は屋根部屋の窓縁に打ち込んだ釘《くぎ》に結わえられ、遠くから見ると二本の麻糸のように見えた。防寨からながめると、その二本の綱は髪の毛ほどの細さで空に浮き出していた。
「だれか私に二連発のカラビン銃を貸してくれ。」とジャン・ヴァルジャンは言った。
 アンジョーラはちょうど自分のカラビン銃に弾をこめたところだったので、それを彼に渡した。
 ジャン・ヴァルジャンは屋根部屋の方をねらって、発射した。
 蒲団の綱の一方は切れた。
 蒲団はもはや一本の綱で下がってるのみだった。
 ジャン・ヴァルジャンは第二発を発射した。第二の綱ははね返って窓ガラスにあたった。蒲団は二本の竿の間をすべって街路に落ちた。
 防寨の中の者は喝采《かっさい》した。
 人々は叫んだ。
「蒲団ができた。
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