考えては心を痛めた。
 それにまたフォーシュルヴァン氏は、マリユスに言葉もかけず、マリユスの方をながめもせず、マリユスが声を上げて「僕はあの人を知っている」と言った時にも、その声を耳にしたような様子さえしなかった。
 マリユスにとっては、フォーシュルヴァン氏のそういう態度は意を安んぜさせるものであった。そしてもし言い得べくんば、ほとんど彼を喜ばせるものであった。彼にとってフォーシュルヴァン氏は怪しいとともにまたいかめしい謎《なぞ》のごとき人物であって、いつも言葉をかけることは絶対に不可能のような気がしていた。その上会ったのはよほど以前のことだったので、元来臆病で内気なマリユスはいっそう言葉をかけ難い気がした。
 選ばれた五人の男は、モンデトゥール小路の方へ防寨《ぼうさい》を出て行った。彼らはどう見ても国民兵らしく思われた。そのうちのひとりは涙を流しながら去っていった。防寨を出る前に彼らは残ってる人々を抱擁した。
 生命のうちに送り返される五人の男が出て行った時、アンジョーラは死に定められてる男のことを考えた。彼は下の広間にはいっていった。ジャヴェルは柱に括《くく》られたまま考え込んでい
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