凝らしなおその言を聞かんがために彼をながめた。何らの喝采《かっさい》も起こらなかったが、低いささやきが長く続いた。言葉は息吹《いぶき》である。それから来る知力の震えは木の葉のそよぎにも似ている。
六 粗野なるマリユス、簡明なるジャヴェル
マリユスの脳裏に起こったことを一言しておきたい。
彼の心の状態を読者は記憶しているだろう。彼にとってすべてはもはや幻にすぎなかったとは、前に繰り返したところである。彼の識別力は乱れていた。なお言うが、瀕死《ひんし》の者の上にひろがる大きい暗い翼の影にマリユスは包まれていた。彼は墳墓の中にはいったように感じ、既に人生の壁の向こう側にいるような心地がして、もはや生きたる人々の顔をも死人の目でしかながめていなかった。
いかにしてフォーシュルヴァン氏がここへきたのか、何ゆえにきたのか、何をしにきたのか? それらの疑問をもマリユスは起こさなかった。その上、人の絶望には特殊な性質があって、自分自身と同じく他人をも包み込んでしまうものである。すべての人が死ににきたということも、マリユスには至って当然なことに思われた。
ただ彼は、コゼットのことを
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