くお眠りにならなかったんですか。」
「いいや。」
「何か悲しいことでもおありになるの。」
「いいや。」
「私を接吻《せっぷん》して下さいな。どこもお悪くなく、よくお眠りになり、御安心していらっしゃるのなら、私何とも小言《こごと》は申しません。」
 そして新たに彼女は額を差し出した。
 ジャン・ヴァルジャンは天の反映の宿ってるその額に脣《くちびる》をあてた。
「笑顔をして下さいな。」
 ジャン・ヴァルジャンはその言に従った。しかしそれは幽霊の微笑のようだった。
「さあ夫《おっと》から私をかばって下さい。」
「コゼット!」とマリユスは言った。
「お父様、怒ってやって下さい。私がいる方がいいと言ってやって下さい。私の前ででもお話はできます。私をばかだと思っていらっしゃるのね。ほんとにおかしいわ、用談だの、金を銀行に預けるだのって、大した御用ですわね。男って何でもないことに勿体《もったい》をつけたがるものね。私ここにいたいんです。私は今朝《けさ》大変きれいでしょう、マリユス、私を見てごらんなさい。」
 そしてかわいい肩を少しそびやかし、ちょっとすねてみた何とも言えない顔をして、彼女はマリユスを
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