ャンが、「もうこれが力の限りだ!」と言うのを、だれかとがめる者があろうか。
物質の服従には、磨損《まそん》するがために一定の限度がある。しかるに、精神の服従には限度がないのであろうか。永久の運動が不可能であるとするのに、それでも永久の献身が求め得らるるのであろうか。
第一歩は容易である。困難なのは最後の一歩である。シャンマティユーの事件も、コゼットの結婚および続いて来る事柄に比ぶれば何であったろう。再び徒刑場にはいることも、虚無のうちにはいりゆくことに比ぶれば何であろう。
下降の第一段は、いかに暗いものであることか。更に第二段は、いかに暗黒なるものであることか!
このたびは、いかにして顔をそむけないでおられようぞ。
殉教は、一つの浄化である、侵蝕による浄化である。聖化せしむる苛責《かしゃく》である。最初のうちはそれを甘んじて受くることができる。赤熱した鉄の玉座にすわり、赤熱した鉄の冠を額にいただき、赤熱した鉄の王国を甘諾し、赤熱した鉄の笏《しゃく》を執る。しかしなおその上に炎のマントを着なければならない。そしてその時こそ、みじめな肉体は反抗し、人はその苦痛を避けたく思うことが
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