の足を置いても、よかったであろうか。コゼットとマリユスと共に、彼も幸運の分前《わけまえ》をもらってもよかったであろうか。自分の頭の上の曇りと彼らの上の雲とを深めても、さしつかえなかったであろうか。彼らふたりの至福に自分の覆滅を、第三者として付け加えてもよかったであろうか。やはり何も打ち明けないでもよかったであろうか。一言にして言えば、それらふたりの幸福な者のそばに、宿命の気味悪い沈黙としてすわっていても、さしつかえないのであったろうか。
人は常に宿命とその打撃とになれていて、ある種の疑問が恐ろしい赤裸の姿で現われてきても、あえて目をあげてそれを見つめ得るようになっていなければいけない。善と悪とはそのきびしい疑問の背後に控えている。「どうするつもりか、」とそのスフィンクスは尋ねる。
ジャン・ヴァルジャンはそういう試練になれていた。彼はそのスフィンクスをじっと見つめた。
彼はその残忍な問題をあらゆる方向から考究した。
あの麗しいコゼットは、難破者たる彼にとっては一枚の板子《いたご》であった。しかるに今やいかにすべきであったか。それに取りついているべきか。それを離すべきか!
もしそ
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