らも注意を向けられていないのに乗じて、ジャン・ヴァルジャンは立ち上がり、人に気づかれぬうちに次の間《ま》へ退いた。八カ月以前に、彼が泥《どろ》と血と埃《ほこり》とでまっ黒になって、祖父のもとへその孫を運んではいってきたのも、やはりその同じ室《へや》へであった。今やその古い壁板は、緑葉と花とで飾られていた。かつてマリユスが横たえられた安楽椅子《あんらくいす》には、音楽師らが集まっていた。黒い上衣と短いズボンと白い靴足袋《くつたび》と白い手袋とをつけたバスクは、これから出そうとする皿のまわりにそれぞれ薔薇《ばら》の花を配っていた。ジャン・ヴァルジャンは首につった腕を彼に示し、席をはずす理由を伝えてくれるように頼んで、そこを出て行った。
 食堂の窓は街路に面していた。ジャン・ヴァルジャンはしばらく、それらの明るい窓の下の影の中に、身動きもしないでたたずんでいた。彼は耳を澄ました。祝宴の混雑した物音が伝わってきた。祖父の堂々たる声高な言葉、バイオリンの響き、皿やコップの音、哄笑《こうしょう》の声、などが聞こえてきた。そして彼はその愉快な騒ぎの中に、コゼットの楽しいやさしい声を聞き分けた。
 彼
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