して、その聖《きよ》い顔の上に人間の至福の反映を浮かべているのを、おそらく人は見るであろう。もしその極致の瞬間に、歓喜に眩惑《げんわく》せるふたりの者が、他にだれもいないと信じつつも耳を澄ますならば、飛びかわす翼の音を室の中に聞くであろう。完全なる幸福は、天使をも参与させるものである。その小さな暗い寝所は、全天空を天井としている。愛に聖《きよ》められた二つの脣《くちびる》が、創造のために相接する時、その得も言えぬ脣《くち》づけの上には、星辰《せいしん》の広漠《こうばく》たる神秘のうちに、必ずや一つの震えが起こるに相違ない。
それらの幸福こそ真正なるものである。それらの喜悦を外にしては真の喜悦は存しない。愛、そこにこそ唯一の恍惚《こうこつ》たる喜びがある。他のすべては皆嘆きである。
愛しもしくは愛した、それで充分である。更に求むることをやめよ。人生の暗い襞《ひだ》のうちに見いだされ得る真珠は、ただそれのみである。愛することは成就することである。
三 側《そば》より離さざる物
ジャン・ヴァルジャンはどうなったか?
コゼットのやさしい命令で笑顔をしたあと間もなく、だれか
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