モリエールの戯曲「人間ぎらい」中の主人公にてセリメーヌはその中の嬌艶な女[#ここで割り注終わり])。ところで彼がいかに苦《にが》い顔をしていようと、ヴィーナス([#ここから割り注]愛の神[#ここで割り注終わり])が現われてくれば、ほほえまざるを得ないのである。この粗暴な獣も屈服してしまう。われわれにしても同じことだ。憤怒、暴風、雷鳴、天井まで水沫《しぶき》が飛んでいようと、ひとりの婦人が舞台に現わるれば、一つの星が上ってくれば、平伏してしまうのである。マリユスは六カ月前には戦争をしていた。しかるに今日は結婚をしている。それは結構なことだ。マリユス、そうだとも、コゼット、お前たちのやることはもっともだ。大胆にふたり頼り合って生きてゆくがいい、互いに恋し合うがいい、さんざん他の者をうらやませるがいい、互いに崇拝し合うがいい。お前たちふたりの嘴《くちばし》で、地上にありとあらゆる幸福の藁屑《わらくず》をつまみ取って、それで生涯の巣を作るがいい。愛し愛さるることは、若い時には麗しい奇蹟のような気がするものだ。だがそれは、自分たちが始めて考え出したことだと思ってはいけない。このわしもやはり夢をみ
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