て切迫していた。自分の任務から気を散らし、その見張りの位置を去ることは、哨兵にはできなかった。
 ジャン・ヴァルジャンが角面堡《かくめんほう》の中にはいってきた時、だれも彼に注意を向ける者はいなかった。すべての目は、選まれた五人の男と四着の軍服との上に注がれていた。ジャン・ヴァルジャンもまたそれを見それを聞き、それから黙って自分の上衣をぬいで、それを他の軍服の上に投げやった。
 人々の感動は名状すべからざるものだった。
「あの男はだれだ?」とボシュエは尋ねた。
「他人を救いにきた男だ。」とコンブフェールは答えた。
 マリユスは荘重な声で付け加えた。
「僕はあの人を知っている。」
 その一言で一同は満足した。
 アンジョーラはジャン・ヴァルジャンの方を向いた。
「よくきて下すった。」
 そして彼は言い添えた。
「御承知のとおり、われわれは死ぬのです。」
 ジャン・ヴァルジャンは何の答えもせず、救い上げた暴徒に手伝って自分の軍服を着せてやった。

     五 防寨《ぼうさい》の上より見たる地平線

 この危急の時この無残な場所における一同の状態には、その合成力としてまたその絶頂として、ア
前へ 次へ
全618ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング