る状態がある。マリユスはそういう状態に達していた。彼はすべてのことを、外部から見るようにながめていた。前に言ったとおり、眼前に起こった事物も、彼には遠方のもののように思えた。全体はよく見て取れたが、些細《ささい》な点はわからなかった。行ききする人々は炎の中を横ぎってるがようであり、人の話し声は深淵《しんえん》の底から響いてくるがようだった。
 しかしながらただ今のことは彼の心を動かした。その情景のうちには鋭い一点があって、それに彼は胸を貫かれ呼びさまされた。彼はもはや死ぬという一つの観念しか持っていず、それから気を散らされることを欲していなかった。しかし今や彼はその陰惨な夢遊のうちにあって、自ら身を滅ぼしながらも他人を助けることは禁じられていないと考えた。
 彼は声を上げた。
「アンジョーラとコンブフェールとの意見は正当だ。」と彼は言った。「無益な犠牲を払うの要はない。僕はふたりの意見に賛成する。そして早くしなければいけない。コンブフェールは確かな事柄を言ったではないか。諸君のうちには、家族のある者がいるだろう、母や妹や妻や子供を持ってる者がいるだろう。そういう者はこの列から出たまえ。
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