を欲しておることは、よくわかっている。まさにそのとおりである。しかし諸君はこの世においてひとりではない。考えてやらなければならない他の人たちがいる。利己主義者であってはならないのだ。」
人々は皆|沈鬱《ちんうつ》な様子をして頭をたれた。
最も荘厳なる瞬間における人の心の不思議な矛盾さよ! かく語ったコンブフェール自身孤児ではなかった。彼は他人の母親のことを思い出していたが、自分の母親のことは忘れていた。彼はおのれを死地に置かんとしていた。彼こそ「利己主義者」であった。
マリユスは飲食もせず、熱に浮かされたようになり、あらゆる希望の外にいで、悲痛の洲《す》に乗り上げ、最も悲惨な難破者となり、激越な情緒に浸され、もはや最後が近づいたことを感じて、人が自ら甘受する最期の時間の前に常に来る幻覚的な惘然《ぼうぜん》さのうちに、しだいに深く沈み込んでいた。
生理学者が今彼の様子を観察したならば、科学上よく知られ類別されてる熱性混迷のしだいに高まる徴候を見て取り得たであろう。この熱性混迷が苦悩に対する関係は、あたかも肉体的歓楽が快感に対するようなものである。絶望にもまたその恍惚《こうこつ》た
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