かであって、徐々に埋没される。
そういう死は人の想像にもおよばないだろう。埋没が海浜の上においても既に恐るべきものであるとするならば、下水溝渠《げすいこうきょ》の中においてはどんなものであろう。海浜においては、大気、外光、白日、朗らかな眼界、広い物音、生命を雨降らす自由の雲、遠くに見える船、種々の形になって現われる希望、き合わせるかも知れない通行人、最後の瞬間まで得られるかも知れない救助、それらのものがあるけれども、下水道の中においてはただ、沈黙、暗黒、暗い丸天井、既にでき上がってる墳墓の内部、上を蔽《おお》われてる泥土《でいど》の中の死、すなわち汚穢《おわい》のための徐々の息苦しさ、汚泥の中に窒息が爪《つめ》を開いて人の喉《のど》をつかむ石の箱、瀕死《ひんし》の息に交じる悪臭のみであって、砂浜ではなく泥土であり、台風ではなくて硫化水素であり、大洋ではなくて糞尿《ふんにょう》である。頭の上には知らぬ顔をしている大都市を持ちながら、徒《いたず》らに助けを呼び、歯をくいしばり、もだえ、もがき、苦しむのである。
かくのごとくして死ぬる恐ろしさは筆紙のおよぶところではない。時とすると死は、
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