》にして霊


     一 下水道とその意外なるもらい物

 ジャン・ヴァルジャンがはいり込んだのは、パリーの下水道の中へだった。
 ここにまたパリーと海との類似がある。大洋の中におけるごとく、下水道の中にはいり込む者はそのまま姿を消すことができる。
 実に驚くべき変化だった。市のまんなかにありながら、ジャン・ヴァルジャンは市の外に出ていた。またたくまに、一つの蓋《ふた》を上げそれをまた閉ざすだけの暇に、彼はま昼間からまったくの暗黒に、正午から真夜中に、騒擾《そうじょう》の響きから沈黙に、百雷の旋風から墳墓の凪《な》ぎに、そしてまた、ボロンソー街の変転よりもなおいっそう不思議な変転によって、最も大なる危険から最も全き安全にはいってしまった。
 突然|窖《あなぐら》の中に陥ること、パリーの秘密牢《ひみつろう》の中に姿を消すこと、死に満ちてる街路を去って生の存する一種の墳墓に移ること、それはまったく不思議な瞬間だった。彼はしばしあっけに取られて、耳を澄ましながら惘然《ぼうぜん》とたたずんだ。救済の罠《わな》は突然彼の下に口を開いたのである。天の好意は彼を欺いて言わば捕虜にしてしまったので
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