、多くはごく臭い開鑿《かいさく》をやり支柱を施して、オピタル大通りからセーヌ川までビエーヴルの穹窿《きゅうりゅう》を作り、更に、モンマルトルの溢水《いっすい》からパリーを救い、マルティール市門の近くに停滞してる九町歩余の濁水に出口を与えるために働き、更に、四カ月間昼夜の別なく十一メートルの深さの所で働いて、ブランシュ市門からオーベルヴィリエの道に至る一条の下水道を作り、更に、未聞のことではあったが、塹壕もなくまったく地中で、バール・デュ・ベク街の下水道を地下六メートルの所に穿《うが》った後に、監督のモンノーは死亡した。また、トラヴェルシエール・サン・タントアーヌ街からルールシーヌ街に至るまで市中の各地点に、三千メートルにおよぶ下水道の穹窿を作り、更に、アルバレートの支脈を作って、サンシエ・ムーフタール四つ辻《つじ》に雨水の氾濫《はんらん》するのを防ぎ、更に、流砂の中に石とコンクリートとの土台を作って、その上にサン・ジョルジュの下水道を設け、更に、ノートル・ダーム・ド・ナザレの支脈の底を下げるという恐るべき工事を指揮した後に、技師のデュローは死亡した。しかし、戦場の虐殺よりもずっと有益な
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