二 下水道の昔の歴史
蓋《ふた》を取るようにパリー市を取り去ったと想像すれば、鳥瞰的《ちょうかんてき》に見らるる下水道の地下の網目は、セーヌ川に接木《つぎき》した大きな木の枝のようにその両岸に現われてくるだろう。右岸においては、囲繞溝渠《いじょうこうきょ》がその枝の幹となり、その分脈は小枝となり、行き止まりの支脈は細枝となる。
しかしその形は、概略のものでまったく正確というわけにはゆかない。かかる地下の分枝の角《かど》は普通直角をなしているが、植物の枝には直角なのはきわめてまれである。
その不思議な幾何学的図形にいっそうよく似た象《かたち》を想像しようとするならば、叢《くさむら》のように錯雑した不思議な東方文字を、暗黒面の上に平たく置いたと仮定すればよろしい。その妙な形の文字は、一見したところ入り乱れて無茶苦茶なようであるが、あるいは角と角とであるいは一端と一端とで、互いに結び合わされている。
汚水だめや下水道は、中世や後期ローマ帝国や古い東方諸国などにおいて、多大の役目をなしていた。疫病はそこから発し、専制君主らはそこに死んだ。衆人はその腐敗の床を、恐るべき死の揺籃《
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