去り、次にアフリカを投じ去ってしまった。ローマの下水道は世界をのみ込んだのである。その呑噬《どんぜい》の口を、市と世界とに差し出したのである。全く市と世界とに[#「市と世界とに」に傍点]([#ここから割り注]訳者注 ローマ法王の祝祷中にある言葉[#ここで割り注終わり])である。永遠の都市と、しかも底知れぬ下水道。
他の方面におけると同じくこのことについても、ローマはその実例をたれている。
明知の都市に固有な一種の愚昧《ぐまい》さをもって、パリーはその実例にならっている。
かくて、今述べきたった事業を完成せんがために、パリーはその地下にも一つパリーを有するに至った。すなわち下水道のパリーである。そこにも街路があり、四つ辻《つじ》があり、広場があり、袋町があり、動脈があり、汚水の血が流れていて、ただ人影がないばかりである。
何者にも、たとえ偉大なる民衆にも、阿諛《あゆ》の言を弄《ろう》してはならないから、吾人はあえて言うのである。すべてがある所には、崇高と相並んで卑賤《ひせん》も存する。パリーのうちには、光明の町たるアテネがあり、力の町たるチロがあり、勇気の町たるスパルタがあり、奇
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