約言することができる、すなわち、パリーは底のぬけた籠《かご》であると。
 パリーは模範市であり、各国民からまねられる模型的な完全市であり、理想の住む首都であり、発案と衝動と試験との堂々たる祖国であり、あらゆる精神の住所であり中心地であり、宛然《えんぜん》一国をなす都市であり、未来の発生地であり、バビロンとコリントを結合した驚くべき都であるが、これを上に述べきたった見地から見る時には、南支那の一農夫をして肩を聳《そび》やかさせるであろう。
 パリーを模倣するは、自ら貧窮に陥ることである。
 その上、古来から行なわれてる愚かなその浪費についてはことに、パリー自身も一つの模倣者である。
 この驚くべき愚妄事《ぐもうじ》は新しく始まったことではない。それは決して若気のばかさではない。古人も近代人のようなことをしていた。リービッヒは言う、「ローマの下水道はローマの農夫の繁栄をことごとく吸いつくした。」ローマの田舎《いなか》がローマの下水道によって衰微させられた時、ローマはまったくイタリーを疲弊さしてしまった、そしてイタリーを下水道のうちに投じ去った時、更にシシリーを投じ去り、次にサルヂニアを投じ
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