売の業に没頭することは、民衆の光を減じ、その水準を低めながらその水平線を低め、世界の目標たる人間的なるとともに神的なる知力、諸国民をして伝教師的たらしむるの知力を、民衆から奪い去る。バビロンは理想を持たず、カルタゴは理想を持たない。アテネとローマとは、数世紀間の暗黒時代を通じてもなお、文化の円光を有し維持する。
 フランスはギリシャおよびイタリーと同質の民衆である。美によってアテネ的であり、偉大によってローマ的である。その上にまた仁侠《にんきょう》である。フランスは自己を惜しまない。他の民衆よりもしばしば、献身と犠牲との心を起こす。ただその心があるいはきたり、あるいは去るだけである。かくて、フランスがただ歩くことをしか欲しない時に走る者、もしくはフランスが立ち上がらんと欲する時に歩く者、彼らにとっての大なる危険が生ずる。フランスは時に唯物主義に陥る。ある瞬間においては、その崇高なる頭脳を満たす観念は、もはやフランスの偉大さを思わせるものを少しも持たず、ミズーリ州や南カロライナ州くらいの大きさしか持たない。いかんせん、巨人は侏儒《しゅじゅ》の役を演じ、広大なるフランスは好奇にも些事《さじ
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