ウンはワシントンよりも偉大であり、ピサカネはガリバルディよりも偉大である。
敗者の味方もなければならない。
未来を企図する偉大なる者らが失敗する時、人は彼らに対して、多く不正なる態度を取る。
人は革命者らを非難するに、恐怖の念を散布することをもってする。防寨《ぼうさい》をすべて暴行と見做《みな》す。彼らの所説をとがめ、彼らの目的を疑い、彼らの内心を恐れ、彼らの良心を難ずる。現在の社会状態に対抗して、悲惨と苦悩と不正と悲嘆と絶望とをうずたかく引き起こし立て直し積み重ね、どん底から暗黒の石塊を引き出して、そこに銃眼を作り戦闘を始めることを、彼らに非難する。そして彼らに向かって叫ぶ、「汝らは地獄の舗石《しきいし》をめくってるのだ!」しかし彼らは答え得るであろう、「それはかえってわれわれの防寨が善良な意志で作られてる証拠である。」
確かに最善の方法は平和のうちに解決することである。要するに吾人はかく承認する、舗石のめくられるのを見る時には人は熊を思い出す、そして社会が不安を覚ゆるのはかかる意欲に対してである。しかし社会の救済は、社会自身の考えによる。吾人が呼び起こさんとするのは、社会自
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