り返った家の中では、人が行ききし起臥《きが》している。家庭をなしている。飲みまた食っている。ただ恐ろしいことには、戦々|兢々《きょうきょう》としている。その恐怖の念は、反徒らに対するひどい冷淡さを宥恕《ゆうじょ》するものである。また酌量すべき情況としては狼狽の念もいっしょにある。時としては、そして実際あったことであるが、恐怖は熱情となることもある。慎重が憤激に変わり得るように、恐怖は狂猛に変わり得る。そこから、温和派の熱狂者[#「温和派の熱狂者」に傍点]という意味深い言葉が生じてくる。極度におびえた感情は炎となって、そこからすごい煙のような憤怒の情が生じてくる。「彼ら反徒どもは何を望んでいるのか? 彼らはかつて満足ということを知らない。彼らは平穏な人々にまで累を及ぼそうとしている。これでもまだ革命が足りないとでも思っているのか。ここに何をしに来たのか。勝手に何でもするがいい。終わりはどうせきまっている。自業自得だ。なるようになるだろうさ。われわれの知ったことではない。この街路もかわいそうに一面に弾傷を受けるのか。全く無頼漢どもの寄り合いだ。まず第一に戸を開かないことだ。」かくして人家は
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