とらえた手をゆるめないで、モンデトゥール小路の小さな砦《とりで》を、ようやくにしてジャヴェルにまたぎ越さした。
 その防壁を乗り越した時、彼らはその小路の中で、まったくふたりきりになった。だれも見ている者はなかった。暴徒らからは人家の角《かど》で隠されていた。防寨から投げ捨てられた死骸《しがい》が、数歩の所に恐ろしいありさまをして積み重なっていた。
 その死骸の重なった中に、一つのまっさおな顔と乱れた髪と穴のあいた手と半ば裸の女の胸とが見えていた。エポニーヌであった。
 ジャヴェルはその女の死体を横目でじっとながめ、深く落ち着き払って低く言った。
「見覚えがあるような娘だ。」
 それから彼はジャン・ヴァルジャンの方に向いた。
 ジャン・ヴァルジャンはピストルを小わきにはさみ、ジャヴェルを見つめた。その目つきの意味は言葉にせずとも明らかだった。「ジャヴェル、私だ、」という意味だった。
 ジャヴェルは答えた。
「復讐するがいい。」
 ジャン・ヴァルジャンは内隠しからナイフを取り出して、それを開いた。
「どす[#「どす」に傍点]か?」とジャヴェルは叫んだ。「もっともだ。貴様にはその方が適当だ
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