った。死の中に生きていた。もろもろの陰影が過ぎ去っていった。しかしそれらは何であったか? 血の流るる手をも見た。耳を聾《ろう》するばかりの恐ろしい響きがあり、また恐怖すべき静寂があった。叫んでるうち開いた口があり、また沈黙してるうち開いた口があった。煙に包まれていたし、おそらくやみ夜に包まれていた。測り知られぬ深みから流れ出る凄惨《せいさん》なものに触れたようでもあった。爪《つめ》の中に何か赤いもののついてるのが見える。しかしもはや何のことだか思い出せないのである。
さて、シャンヴルリー街に戻ってみよう。
突然、二度の一斉射撃《いっせいしゃげき》の間に、時を報ずる遠い鐘の音が聞こえた。
「正午だ。」とコンブフェールは言った。
その十二の鐘が鳴り終えないうちに、アンジョーラはすっくと立ち上がり、防寨の上からとどろくような声を出して叫んだ。
「舗石《しきいし》を家の中に運べ。窓や屋根裏にそれをあてろ。人員の半分は射撃にかかり、半分は舗石の方にかかるんだ。一刻も猶予はできない。」
肩に斧《おの》をかついだ消防工兵の一隊が、街路の先端に戦闘隊形をなして現われたのだった。
それは一縦隊
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