いは風紀衛兵の衛舎のすき間から逃げてきたのかも知れない。あるいは付近に、アンフェール市門か天文台の丘か、産表に包まれたる[#「産表に包まれたる」に傍点]嬰児《おさなご》([#ここから割り注]訳者注 幼児キリストのこと[#ここで割り注終わり])を彼らは見いだしぬ[#「を彼らは見いだしぬ」に傍点]という文字のある破風のそびえている近くの四つ辻《つじ》かに、ある興行師の小屋があって、そこから逃げ出してきたのかも知れない。あるいは前日の夕方、園の門がしめられる時番人の目をのがれて、人が新聞などを読む亭の中に一夜を過ごしたのかも知れない。それはとにかく事実を言えば、彼らは戸外に迷った身でありまた一見自由らしい身であった。しかし戸外に迷ってしかも自由らしいというのは、棄《す》てられたということである。あわれなふたりの子供は実際棄てられた者であった。
 このふたりの子供は、ガヴローシュが世話してやったあの子供たちで、読者は記憶しているだろう。テナルディエの児で、マニョンに貸し与えられ、ジルノルマン氏の児とされていたが、今は根のない枝から落ちた木の葉となり風のまにまに地上に転々していたのである。
 マ
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