また人から見物されていた。巡査らは、平行して反対の方向へ行くその間断なき二つの行列を、大通りの両側に並ばせ、その二重の運行が少しも妨げられないように、馬車の二つの流れを、一つは上手《かみて》のアンタン大道の方へ、一つは下手《しもて》のサン・タントアーヌ郭外の方へと、厳重に監視していた。上院議員や大使などの紋章のついた馬車は、道の中央を自由に往来していた。ある壮麗なおもしろい行列、ことに飾り牛の行列なども、同様の特権を持っていた。そういうパリーの快活さのうちに、イギリスはその鞭《むち》を鳴らしていた、すなわちセーモアー卿と一般に綽名《あだな》されてる駅馬車は、大きな音を立てて走り過ぎていた。
二重の行列は、羊飼いの番犬のように並んで駆けてる市民兵で付き添われていたが、その中には、爺《じい》さんや婆さんたちがいっぱい乗り込んでる正直な家族馬車が交じっていて、その戸口には仮装した子供の鮮やかな一群が見えていた。七歳ばかりの道化小僧《どうけこぞう》や六歳ばかりの道化娘らで、公然と一般の遊楽に加わってることを感じ、道化役者の品位と役人のしかつめらしさとをそなえてる、愉快な少年少女らであった。
時々、馬車の行列のどこかに混雑が起こり、両側のどちらかの列に結び目ができて、それが解けるまで立ち止まることもあった。一つの馬車に故障が起これば、それですぐに全線が動けなくなった。しかしやがて行進は始まるのだった。
婚礼の馬車は、バスティーユの方へ向かって大通りの右側を進んでる列の中にはいっていた。ところがポン・トー・シュー街の高みで、しばらく行列が止まった。それと同時に、マドレーヌの方へ進んでる向こう側の行列も同じく行進を止めた。そして行列のちょうどその部分に一つの仮装馬車があった。
それらの仮装馬車は、否むしろそれらの仮装の荷物は、パリーになじみの深いものである。もしそういう馬車が、謝肉祭末日や四旬節中日などに見えないと、人々は何か悪いことがあるのだと思い、互いにささやき合う。「何かわけがあるんだな[#「何かわけがあるんだな」に傍点]。たぶん内閣が変わるのかも知れない[#「たぶん内閣が変わるのかも知れない」に傍点]。」通行人の上の方に揺り動かされてるたくさんのカサンドルやアールカンやコロンビーヌなどの道化、トルコ人から野蛮人に至るまでありとあらゆる滑稽な者、侯爵夫人をかついでるヘラクレス神、アリストファネスに目を伏せさせた巫女《みこ》のように、ラブレーにも耳を押さえさせるかと思われるばかりの無作法な女ども、麻屑《あさくず》の鬘《かつら》、薔薇色《ばらいろ》の肉襦袢《にくじゅばん》、洒落者《しゃれもの》の帽子、斜眼者《やぶにらみ》の眼鏡《めがね》、蝶になぶられてるジャノー([#ここから割り注]訳者注 滑稽愚昧な人物[#ここで割り注終わり])の三角帽、徒歩の者らに投げつける叫び声、腰にあてた拳《こぶし》、無作法な態度、裸の肩、仮面をつけた顔、ほしいままな醜態、それから花の帽子をかぶった御者が撒《ま》き散らす無茶苦茶な悪口、そういうのがこの見世物のありさまである。
ギリシャにはテスピスの四輪馬車が必要であったが、フランスにはヴァデの辻馬車《つじばしゃ》が必要である。([#ここから割り注]訳者注 前者は悲劇の開祖たるギリシャ詩人、後者は通俗詩の開祖たるフランス詩人[#ここで割り注終わり])
いかなるものも皆道化化され得る、道化そのものも更に道化化され得る。古代美の渋面であるサツルヌス祭も、しだいに度を強めてきてついに謝肉祭《カルナヴァル》末日となっている。昔は葡萄蔓《ぶどうづる》の冠をかぶり太陽の光を浴び、神々しい半身裸体のうちに大理石で造られたような乳房を示していた酒神《バッカス》祭も、今日では北部の湿ったぼろの下に形がくずれてきて、仮面行列と言われるようになっている。
仮装馬車の風習は王政時代のごく古くからあった。ルイ十一世の会計報告によれば、「仮装辻馬車三台のためにトールヌア貨幣二十」を宮廷執事に使わせている。現今では、それら一群の騒々しい仮装人物らは、たいてい旧式な辻馬車《つじばしゃ》の上段にいっぱい立ち並び、あるいは幌《ほろ》をおろした市営幌馬車にがやがやつまっている。六人乗りの馬車に二十人も乗っている。椅子《いす》や腰掛けや幌の横や轅《ながえ》にまでも乗っている。照灯にまたがってる者さえある。あるいは立ち、あるいは寝ころび、あるいは腰をかけ、あるいは足をねじ曲げ、あるいは脛《すね》をぶら下げてる。女は男の膝《ひざ》に腰掛けてる。遠くから見ると、それらのうようよした頭が妙なピラミッド形をなしている。そしてこの一馬車の者どもは、群集のまんなかに歓喜の山となってそびえている。コレやパナールやピロン([#ここから割り注]訳者注 皆諧謔風
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