は好きだ。わしはストラスブールグの大会堂で見た時計を覚えている。それは四階建ての家ほどある大きな時計で、時間を教えてもいたが、親切にも時間を教えてはいたが、そのためにばかり作られたものではなさそうだった。正午やま夜中や、太陽の時間である昼の十二時や、恋愛の時間である夜の十二時や、そのほかあらゆる時間を報じたあとで、種々なものを出してみせた。月と星、陸と海、小鳥と魚、フォイボスとフォイベ([#ここから割り注]訳者注 太陽の神と月の神[#ここで割り注終わり])、また壁龕《へきがん》から出て来るたくさんのもの、十二使徒、皇帝カルル五世、エポニーネとサビヌス([#ここから割り注]訳者注 ローマ人の覊絆からゴール族を脱せしめんと企てた勇士夫婦[#ここで割り注終わり])、その上になお、ラッパを吹いてる金色の子供もたくさんいた。そのたびごとになぜともなく空中に響き渡らせる楽しい鐘の音は、言うまでもないことだ。ただ時間だけを告げる素裸のみじめな時計が、それと肩を並べることができようかね。わしはな、ストラスブールグの大時計の味方だ。シュワルツワルト([#ここから割り注]黒森山[#ここで割り注終わり])の杜鵑《ほととぎす》の声を出すだけの目ざまし時計より、それの方がずっとよい。」
ジルノルマン氏は特に、結婚式のことについて屁理屈《へりくつ》を並べていた。彼の賛辞のうちには十八世紀の事柄がやたらにはいってきた。
「お前たちは儀式の方法を心得ていない。近ごろの者は喜びの日をどうしていいかよく知らないのだ。」と彼は叫んだ。「お前たちの十九世紀は柔弱だ。過分ということがない。金持ちをも知らなければ、貴族をも知らない、何事にもいがぐり頭だ。お前たちのいわゆる第三階級というものは、無味、無色、無臭、無形だ。家を構える中流市民階級の夢想は、自分で高言してるように、新しく飾られた紫檀《したん》や更紗《さらさ》のちょっとした化粧部屋にすぎない。さあお並び下さい、しまりやさんがけちけち嬢さんと結婚致します、といったような具合だ。そのぜいたくや華美としては、ルイ金貨を一つ蝋燭《ろうそく》にはりつけるくらいのものだ。十九世紀とはそんな時代なんだ。わしはバルチック海の向こうまでも逃げてゆきたいほどだ。わしは既に一七八七年から、何もかもだめになったと予言しておいた。ローアン公爵やレオン大侯やシャボー公爵やモンバゾン公爵やスービーズ侯爵や顧問官トゥーアル子爵が、がた馬車に乗ってロンシャンの競馬場に行くのを見た時からだ。ところが果たしてそれは実《み》を結んだ。この世紀ではだれでも皆、商売をし、相場をし、金を儲《もう》け、そしてしみったれてる。表面だけを注意して塗り立ててる。おめかしをし、洗い立て、石鹸《せっけん》をつけ、拭《ぬぐ》いをかけ、髯《ひげ》を剃《そ》り髪を梳《す》き、靴墨《くつずみ》をつけ、てかてかさし、みがき上げ、刷毛《はけ》をかけ、外部だけきれいにし、一点のほこりもつけず、小石のように光らし、用心深く、身ぎれいにしてるが、一方では情婦《いろおんな》をこしらえて、手鼻をかむ馬方でさえ眉を顰《しか》むるような、肥料溜《こえだめ》や塵溜《ちりだめ》を心の底に持っている。わしは今の時代に、不潔な清潔という題辞を与えてやりたい。なにマリユス、怒ってはいけないよ。わしに少し言わしてくれ。別に民衆の悪口を言うんじゃない。お前のいわゆる民衆のことなら十分感心してるのだが、中流市民を少しばかりたたきつけてやるのはかまわんだろう。もちろんわしもそのひとりだ。よく愛する者はよく鞭《むち》うつ。そこでわしはきっぱりと言ってやる。今日では、人は結婚をするが結婚の仕方を知らない。まったくわしは昔の風習の美しさが惜しまれる。すべてが惜しまれる。その優美さ、仁侠《にんきょう》さ、礼儀正しい細やかなやり方、いずれにも見らるる愉快なぜいたくさ、すなわち、上は交響曲から下は太鼓に至るまで婚礼の一部となっていた音楽、舞踊、食卓の楽しい顔、穿《うが》ちすぎた恋歌、小唄《こうた》、花火、打ち解けた談笑、冗談や大騒ぎ、リボンの大きな結び目。それから新婦の靴下留《くつしたど》めも惜しまれる。新婦の靴下留めは、ヴィーナスの帯と従姉妹同士《いとこどうし》だ。トロイ戦争は何から起こったか? ヘレネの靴下留めからではないか。なぜ人々は戦ったか、なぜ神のようなディオメーデはメリオネスが頭にいただいてる十本の角のある青銅の大きな兜《かぶと》を打ち砕いたか、なぜアキレウスとヘクトルとは槍《やり》で突き合ったか? それも皆ヘレネが靴下留めにパリスの手を触れさしたからではないか。コゼットの靴下留めからホメロスはイリアードをこしらえるだろう。その詩の中にわしのような饒舌《じょうぜつ》な老人を入れて、それをネストルと名づけるだろう
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