は第三者の手に保管され、コゼットが丁年に達するか結婚するかする時彼女に渡されることになっていた。それらのことは、読者の見るとおりいかにももっともなことであって、特に百万の半ば以上という金がついておればなおさらだった。もとよりいぶかしい点も所々ないではなかったが、人々はそれに気づかなかった。当事者のひとりは愛に目がおおわれていたし、他の人たちは六十万フランに目がおおわれていた。
コゼットは自分が長く父と呼び続けていた老人の娘でないことを聞かされた。彼はただ親戚であって、もひとりのフォーシュルヴァンという人が本当の父であった。他の時だったらそのことは彼女の心を痛ませたろう。しかし今は得も言えぬ楽しい時だったので、それはただわずかな影であり一時の曇りにすぎなかった。彼女はまったく喜びに満たされていたので、その雲も長く続かなかった。彼女はマリユスを持っていた。青年がきて、老人は姿を消した。人生はそうしたものである。
それにまた、コゼットは長年の間、自分の周囲に謎のようなことを見るになれていた。不可思議な幼年時代を経てきた者は皆、いつもある種のあきらめをしやすいものである。
それでも彼女は続けてジャン・ヴァルジャンを父と呼んでいた。
心も空に喜んでいるコゼットは、ジルノルマン老人にも深く感謝していた。実際老人はやたらに愛撫《あいぶ》の言葉や贈り物を彼女に浴びせかけた。ジャン・ヴァルジャンが彼女のために、社会における正当な地位と適当な身元とを作ってやってる間に、ジルノルマン氏は結婚の贈り物に腐心していた。壮麗であることほど彼を喜ばせるものはなかった。祖母から伝えられてるバンシュ製レースの長衣をもコゼットに与えた。彼は言った。「こういう物もまた生き返ってくる。古い物も喜ばれて、わしの晩年の若い娘がわしの幼年時代の婆さんのような服装をするんだ。」
中ぶくれのりっぱなコロマンデル製の漆戸棚《うるしとだな》をも彼は開放してしまった。それはもう長年の間開かれたことのないものだった。彼は言った。「この婆さんたちにもひとつ懺悔《ざんげ》をさしてやれ。腹に何をしまってるか見てやろう。」そして彼は自分の幾人もの妻や情婦やお婆さんたちの用具がいっぱいつまってる引き出しの中を、大騒ぎでかき回した。南京繻子《なんきんじゅす》、緞子《どんす》、模様絹、友禅絹、トゥール製の炎模様粗絹の長衣、洗たくにたえる金縁の印度ハンカチ、織り上げたばかりで鋏《はさみ》のはいっていない裏表なしの花模様絹、ゼノアやアランソン製の刺繍《ししゅう》、古い金銀細工の装飾品、微細な戦争模様のついてる象牙の菓子箱、装飾布、リボン、それらをすべて彼はコゼットに与えた。コゼットはマリユスに対する愛に酔いジルノルマン氏に対する感謝の念にいっぱいになって、心の置き所も知らず、繻子とビロードとをまとった限りない幸福を夢みていた。結婚の贈物が天使からささげられてるような気がした。彼女の魂はマリーヌのレースの翼をつけて蒼空《そうくう》のうちに舞い上がっていた。
ふたりの恋人の恍惚《こうこつ》の情におよぶものは、前に言ったとおり、ただ祖父の歓喜あるのみだった。かくてフィーユ・デュ・カルヴェール街には楽隊の響きが起こったかのようだった。
祖父は毎朝コゼットへ何かの古物《こぶつ》を必ず贈った。あらゆる衣裳が彼女のまわりに燦爛《さんらん》と花を開いた。
マリユスは幸福のうちにも好んでまじめな話をしていたが、ある日、何かのことについてこう言った。
「革命の人々は実に偉大です。カトーやフォキオン([#ここから割り注]訳者注 ローマおよびアテネの大人物[#ここで割り注終わり])のように数世紀にわたる魅力を持っていて、各人がそれぞれ古代の記念のようです。」
「古代の絹!」と老人は叫んだ。「ありがとう、マリユス。ちょうどわしもそういう考えをさがしてるところだった。」
そして翌日、茶色の観世模様古代絹のみごとな長衣がコゼットの結婚贈り物に加えられた。
祖父はそれらの衣裳から一つの哲理を引き出した。
「恋愛は結構だ。だが添え物がなくてはいかん。幸福のうちにも無用なものがなくてはいかん。幸福そのものは必要品にすぎない。だから大いにむだなもので味をつけるんだ。宮殿と心だ。心とルーヴル美術館だ。心とヴェルサイユの大噴水だ。羊飼い女にも公爵夫人のような様子をさせることだ。矢車草を頭にいただいてるフィリスにも十万フランの年金をつけることだ。大理石の柱廊の下に目の届く限り田舎景色《いなかげしき》をひろげることだ。田舎景色もいいし、また大理石と黄金との美観もいい。幸福だけの幸福はパンばかりのようなものだ。食えはするがごちそうにはならない。むだなもの、無用なもの、よけいなもの、多すぎるもの、何の役にも立たないもの、それがわし
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