たのを感じて、それを取りに出かけていった。ブーラトリュエルが森の中でこんどは夕方でなく早朝に見かけた男は、やはりジャン・ヴァルジャンだった。ブーラトリュエルはその鶴嘴だけを受け継いだ。
実際に残ってた金額は五十八万四千五百フランだった。ジャン・ヴァルジャンはそのうち五百フランだけを自分のために引き去っておいた。「あとはどうにかなるだろう、」と彼は考えた。
その金額とラフィット銀行から引き出した六十三万フランとの間の差額は、一八二三年から一八三三年に至る十年間の費用を示すものである。そのうち修道院にいた五年間は、ただ五千フランかかったのみだった。
ジャン・ヴァルジャンは二つの銀の燭台を暖炉棚《だんろだな》の上に置いた。そのりっぱなのを見てトゥーサンはひどく感心していた。
それからまたジャン・ヴァルジャンは、ジャヴェルから免れたことを知っていた。その事実が自分の前で話されるのを聞いて、彼は機関新聞で更に確かめてみた。その記事によると、ジャヴェルというひとりの警視が、ポン・トー・シャンジュとポン・ヌーフの二つの橋の間の洗濯舟《せんたくぶね》の下に溺死《できし》してるのが発見された、しかるに彼は元来上官からもごく重んぜられ何ら非難すべき点もない男であって、その際残していった手記によって考えれば、精神に異状を呈して自殺を行なったものらしい、というのだった。ジャン・ヴァルジャンは考えた。「実際彼は、私を捕えながら放免したところをみると、どうしても既にあの時から気が狂っていたに違いない。」
六 コゼットを幸福ならしむるふたりの老人
結婚の準備は悉《ことごと》く整えられた。医者に相談すると、二月には行なってもいいという明言が得られた。今は十二月だった。かくて全き幸福の楽しい数週間が過ぎていった。
祖父も同じように幸福だった。彼はよく十四、五分間もコゼットに見惚《みと》れてることがあった。
「実にきれいな娘だ!」と彼は叫んだ。「そして至ってやさしく親切そうな様子だ。いとしき者よわが心よ、などと言ってもまだ足りない。これまで見たこともないほど美しい娘だ。やがては菫《すみれ》のように香んばしい婦徳も出て来るだろう。まったく優美の至りだ。こんな婦人といっしょにおれば、だれでもりっぱな生活をしないわけにはゆかない。マリユス、お前は男爵で金持ちだ。もう弁護士なんかにはならないでくれ、頼むから。」
コゼットとマリユスとは、にわかに墳墓から楽園に移ったがようだった。その変化はあまりに意外だったので、ふたりはたとい目が眩《くら》みはしなかったとするもまったく惘然《ぼうぜん》としてしまった。
「どうしてだかお前にわかる?」とマリユスはコゼットに言った。
「いいえ。」とコゼットは答えた。「ただ神様が私たちを見てて下さるような気がするの。」
ジャン・ヴァルジャンはすべてのことをなし、すべてを平らにし、すべてを和らげ、すべてを容易ならしめた。彼はコゼット自身と同じくらい熱心に、また表面上いかにもうれしそうに、彼女の幸福を早めようとした。
彼は市長をしていたことがあるので、コゼットの戸籍という彼ひとりが秘密を握ってる困難な問題をも、よく解決することができた。その身元を露骨に打ち明けたら、あるいは結婚が破れるかも知れなかった。彼はあらゆる困難をコゼットに免れさした。彼女のために死に絶えた一家をこしらえてやった。それはいかなる故障をも招かない安全な方法だった。コゼットは死に絶えた一家のただひとりの末裔《まつえい》となり、彼の娘ではなくて、もひとりのフォーシュルヴァンの娘となった。ふたりのフォーシュルヴァン兄弟はプティー・ピクプュスの修道院で庭番をしていたことがあるので、そこに聞き合わされた。よい消息やりっぱな証明はたくさんあった。善良な修道女らは、身元なんかの問題はよく知りもせずあまり注意してもいなかったし、また不正なことがされてようとも思っていなかったので、小さなコゼットはふたりのフォーシュルヴァンのどちらの娘であるかを本当に知ってはいなかった。彼女らは望まれるままの口をきき、しかも心からそう述べ立てた。身元証明書はすぐにでき上がった。コゼットは法律上ウューフラジー・フォーシュルヴァン嬢となった。彼女は両親ともにない孤児と確認された。ジャン・ヴァルジャンはうまく取り計らって、フォーシュルヴァンという名の下にコゼットの後見人と定められ、またジルノルマン氏は後見監督人と定められた。
五十八万四千フランは、名を明かすことを欲しなかった今は亡《な》くなってるある人から、コゼットへ遺贈されたものとなった。その遺産は初め五十九万四千フランだったが、内一万フランはウューフラジー嬢の教育費に使われ、その内五千フランは修道院に支払われたものだった。その遺産
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