彼女に会うこともできないのか!」と彼は自らくり返した。
 サン・ジャック街を進んでゆき、市門を横に見て、郭内の古い大通りをしばし左にたどってゆくと、サンテ街に達し、次にグラシエールの一郭に達し、それからゴブランの小川に至りつく少し前で、一種の野原に出られる。それはパリーをとりまく長い単調な大通りのうちで、ルイスダール([#ここから割り注]訳者注 オランダの風景画家[#ここで割り注終わり])にも腰をおろさせそうな唯一の場所である。
 何から来るとも知れない優雅な趣がそこにある。綱が張られて布が風にかわいてる緑の草原、おかしなふうに屋根窓がつけられてる大きな屋根のルイ十三世ごろの古い農園の建物、こわれかけた籬《まがき》、白楊樹の間の小さな池、婦人、笑い声、人声、また遠く地平には、パンテオンの殿堂や聾唖院《ろうあいん》の大木やヴァル・ド・グラース病院の建物などが、黒く太く異様におもしろく美しく重なり合い、更に向こうには、ノートル・ダームの塔のいかめしい四角な頂がそびえている。
 その場所はわざわざながめに行くに足るほどの景色だったが、だれもやって来る者はなかった。十分二十分とたたずんでも、ほ
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