とんど荷車一つも人夫ひとりも通らなかった。
ところがある時、孤独な散歩を続けてるマリユスは偶然その池の近くの所までやって行った。その日は珍しくも大通りにひとりの通行人があった。マリユスはその地の寂しい景色に何となく心ひかれて、通行人に尋ねた。「ここは何という所ですか。」
通行人は答えた。「雲雀《ひばり》の野と言います。」
それから通行人はまた言い添えた。「ユルバックがイヴリーの羊飼いの女を殺したのはここです。」
しかし雲雀([#ここから割り注]アルーエット[#ここで割り注終わり])という言葉を聞いて後は、マリユスの耳には何もはいらなかった。夢想の状態にあっては、わずか一言でたちまちに凝結をきたすことがある。すべての考えは突然一つの観念のまわりに凝集して、もはや他に何物をも認むることができなくなる。アルーエットというのは、マリユスの深い憂鬱《ゆううつ》の底において、ユルスュールというのに代わってる呼び名だった。不思議な独語によくある訳のわからぬ呆然《ぼうぜん》さのうちで彼は言った。「あ、これが彼女の野か。ではここで彼女の住居もわかるだろう。」
いかにもばかげたことではあったが、
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