はいたが、しかし常にも増して明知と厳正とを持っていた。彼はすべて眼前に去来するものを、最も関係の少ない事物や人物をも、一種独特ではあるがしかも落ち着いた現実的な光に照らしてながめていた。一種の正直な意気|銷沈《しょうちん》と清い公平とをもって、すべてのことに正しい批判を下していた。彼の判断力は、ほとんど希望から分離して、超然として高く舞っていた。
そういう精神状態にあって彼は、何物をも見失わず何物をも見誤らず、各瞬間ごとに、人生と人類と運命との底を見きわめていた。愛と不幸とを受くるに恥じない魂を神より恵まれた者は、たとい苦悶《くもん》のうちにあっても幸いなるかなである。愛と不幸と二重の光に照らしてこの世の事物や人の心を見たことのない者は、何ら真実なるものを見なかったのであると言うべく、何物をも知らないでいると言うべきである。
愛しかつ悩む魂は崇高なる状態にある。
とはいえ、一日一日と時は過ぎ、何ら新たなことも起こらなかった。彼にはただ、自分のたどるべき暗い世界が刻々にせばまってゆくように思えた。底なき淵《ふち》の岸が既にはっきりと見えてるような気がした。
「ああ私はその前にも一度
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