ながら、ついには水に身を投ぜんがために家を出る日が到来する。
 過度の夢想はエスクースやルブラのごとき人物を作り出す([#ここから割り注]訳者注 共同して戯曲を書きその劇が失敗して悲観の余り自殺せる人[#ここで割り注終わり])。
 マリユスは見失った彼女の上に目を据えながらそういう坂を徐々に下っていった。とこう言うのは少し変ではあるがしかし事実である。目前にいない者の追想は心のやみの中に輝き出す。深く姿を消せば消すほどますます輝いてくる。絶望した暗い心は自分の地平にその光輝を見る。内心の暗夜に光る星である。彼女[#「彼女」に傍点]、そこにマリユスのすべての思いがあった。彼は他のことをいっさい頭に浮かべなかった。彼はただ漠然《ばくぜん》と感じた、古い上衣は既に着れなくなり、新しい上衣は古くなり、シャツはすり切れ、帽子は破れ、靴《くつ》は痛んでいることを、すなわち自分の生活が摩滅していったことを。そして彼は自ら言った、「死ぬ前にただ彼女に再び会うことができさえするならば!」
 楽しいただ一つの考えが彼に残っていた、彼女が自分を愛していたこと、彼女の目つきがそれを自分に告げたこと、彼女は自分
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